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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)39号 判決 1962年10月30日

原告 湯沢栄作

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三二年抗告審判第一四〇五号事件について昭和三六年三月四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告は、主文どおりの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和三一年四月一〇日、「内燃機関等の懸架装置」なる発明につき、特許出願をし、同年特許願第九五五八号として審査の結果、昭和三二年六月二〇日附で拒絶査定を受けた。原告はこれに不服であつたので、昭和三二年七月一八日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第一四〇五号事件として係属したが、特許庁は、昭和三六年三月四日、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、原告は同月一八日右審決の謄本の送達を受けた。

二、右抗告審判の審決の理由の要旨は、原査定の拒絶理由に引用された特許第一一四二二六号明細書には、本願発明と同じく往復動機関の有害振動防止のための取付装置についての説明が図面とともに示されているが、その第5図、第9図、第21図においては機関の左端部は弾性体15が設けられて台の下方向に対して弾性的に支持され、また右端部は弾性体26によつて台の上方向に対して弾性的に支持される構成がある以上、たとえ本願明細書における記載の学術的価値を認めるとしても、発明としては同一構想に属するもので、単なる設計的相違を有するに過ぎないものと認める、というにある。

三、右審決は、次の理由によつて、違法である。

(一)、審決は、本件発明の学術的価値を認めたにかかわらず、発明としては引用特許明細書記載のものと同一構想に属するもので単なる設計的相違を有するに過ぎないものとしたことは、論理に矛盾があり、したがつて事実の認定を誤つた違法がある、といわなくてはならない。

なんとならば、審決の採用した「学術的価値」なる用語は、本件のような発明に関連して使用する場合においては、明らかに応用学術的または工業学術的な裏付けを有し、産業上の新らしい価値を有するものを意味するものと解するのでなければ無意味であつて、審決が本件発明にかかる「応用学術的または工業学術的裏付けを有する産業上の新らしい価値」のあることを認めながら、引用刊行物記載の発明と同一構想に属し、単なる設計的変更に過ぎないとしたことは、その論理に大きな欠陥のあるものといわなくてはならず、ひいては、審決の事実認定が適切を欠いた違法原因を生ぜしめるものということができる。

(二)、被告は、発明はHowで代表される技術的手段であり、研究はWhYで代表された真理の解明である、と述べているが、右のような発明も、研究も、共に未解決または未開拓の分野に対して、われわれ人類が知的ならびに意志的に働きかける場合において、そこに費やされる多くの努力の結晶として現われる産物なのであるから、その行動過程において採用される方法または過程の性質には、なんら本質的な相違はあり得ない。

(三)、本件審決は、本件発明は引用特許明細書記載の装置の単なる設計的変更物に過ぎない、とし、被告はその理由について種々主張するところがあるが、本件発明は、引用例の発明と、防振ゴムの取付態様が異なつている点において大きな相違があり、なかんづくその間に技術的な進歩性があることが容易に知られるのである。

被告は「機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたそのトルクの変動現象に対しても振動時の角加速度を一定値ならしめることが可能である」との記載は単に防振ゴムの作用効果の記載に過ぎないというが、この部分における作用効果の異同こそ、本件発明の進歩性を定める上で重要な意味をもつこととなるのはいうまでもない。

換言すれば、本件発明におけるような防振ゴムの配置を行う場合には、引例特許とは異なつて、トルク変動に対して起る、主として機関の重心位置の不安定現象を除去することを可能ならしめる特別の作用効果を生ずるのであつて、この点明らかにその構成技術の相違から生ずる新らしい何物かが附加されることとなるのであり、したがつて、たとえ本件発明が引例特許と同一の構想の範囲に属するものであつても、その間に技術的進歩性が存在し、本件発明は引例特許の改良特許として特許さるべき十分な資格を取得したものといわなくてはならない。

さらに、被告が本件発明の「角加速度を一定にする」点について批判していることは、むしろ振動論的な常識の範囲に属するものであり、これを詳述すれば、本件発明が意図する懸架装置の特性は、そのばね常数(または係数)を、その相当質量または荷重により除したものと、その荷重時の撓み量との積により定められるもので、さらにそれ以外にその角加速度はその振動時の振幅の大きさに関係することとなるが、この場合にその振幅が変化する振動の範囲はその機関について巨視的にはほぼ一定であると考えてもよいものであり、その結果としてこの三者の影響因子が綜合されたものの値も比較的に一定となり、したがつてその角加速度(正しくはその最大値)もほぼ一定となることは明らかであつて、その原因の尤なるものは、前記のような優れた構成技術を採用した結果として、トルクの変動に際して生ずるその装置の左右のものの間に生ずる不均衡な状態を取り除き得た点に存在することは、論をまたないところである。

さらにまた、被告の主張する「ナイトハルトばね」については、この種のものは、本件発明と同様に、ばね装置に対して防振ゴムを採用したものではあるが、本件発明が関係し、かつ意図している、トルク変動の除去のための装置とは無関係であることを附言しておく。

(四)、被告は、角加速度がある限り、角速度は正負いずれかに増大し、振動は拡大こそすれ、その防止は不可能である、と主張するが、本件発明の装置においては、トルク変動(または荷重変動)に伴つて生起する、その角加速度(または加速度)の変化現象を除去することが可能となり、あるいはその角加速度を大略一定とすることができるのであつて、被告の主張するような、その角速度(または速度)が正負いずれかの方向に増大する結果としてその振動が拡大するような現象は、当然に起り得ないものである。

四、よつて、ここに右違法な審決の取消を求める。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の請求原因事実中、本件特許出願からその拒絶査定に対する不服の抗告審判において原告主張のような審決がされ、その謄本が原告に送達されるにいたるまでの事実および右審決の理由の要旨については争わないが、右審決を違法であるとして原告の主張する点については争う。

(一)、まず、原告は審決が本件発明の学術的価値を認めながらも発明としては引用例のものと同一構想に属するものとした点は矛盾であると主張するが、これは研究と発明との相違について原告が誤解しているものと考えざるを得ない。

そもそも、発明とは産業に関連した技術的に飛躍した創造物であり、一般的に論理を超越した直観より生れるものであるのに反して、学術的価値のある研究とは科学的技術についての真理の探究であつて、一般的論理によつて連続的に導き出せるものである。両者の相違を一言にして表わせば、一般的には発明はHowで代表された技術的手段であり、研究はWhyで代表された真理の解明である。

この意味で、発明にはWhyを要件としない。たとえばワツトの発明であるコンデンサ付蒸気機関は第一次産業革命の動因となつて経済的に大きな価値をもつものであるが、その学術的解明はワツトより五〇年後のフランスのカルノーによつてされているのであつて、ワツトの発明当時の蒸気機関の学術的価値はほとんどなかつたのである。この例でもわかるように、発明とは、学術的価値の有無でその価値判断がなさるべきではなく、学術的価値があるからといつて、必ずしも特許法にいう工業的発明にはならないのである。

(二)、次に本件発明が審決引用の特許明細書記載の装置の単なる設計的変更物にすぎない理由について、

1 まず本件発明の要旨は、本件特許出願の再訂正明細書の特許請求の範囲の項に記載してあるとおり、「内燃機関等の懸架装置においてその引張側に相当する装置の位置をブラケツト等を配置することにより共に加圧側の装置(以下Aという。)として働かしめ、機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたそのトルクの変動現象に対しても振動時の角加速度を一定値ならしめることが可能であることを特徴とする内燃機関等の懸架装置の懸架方法」にあるものと認められる。

これに対して引用例の装置を検討してみると、第5図、第12図のゴムのような材料からなる塊片26、匣27および金属板25は明らかに本件発明の装置Aに相当するもので、その防振材料も本件発明の実施例では「防振ゴム」と記載してあるので、両者はその防振材料の点において同一物である。

ただ相違点として、本件発明はブラケツト等による防振ゴム配置を採用しているのに対し、引用例の装置は防振ゴムを機関に固定された金属板25に固定し、防振は機関台上に固定された匣27との接触によつて行うようになつているが、両者はその加圧防振という点においてはその構想同一であり、防振ゴムの取付態様を異にするのみであるので、本件発明の明細書図面の記載の程度では、設計的変更物であると認めざるを得ない。なお、本発明のように防振ゴムを軸周の振動に対して軸の両側において加圧防振とすることについては、一九四七年スイスのナイトハルト氏の発明として著名なる「ナイトハルトばね」があることを参考までに述べる。

2 次に本件の特許請求の範囲に記載されている「機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたそのトルクの変動現象に対しても振動時の角加速度を一定値ならしめることが可能である」との記載は、単に防振ゴムの作用効果の記載に過ぎないもので、本件発明の特異性を示すものとは認められない。

また、とくに「角加速度を一定値にする」とある点については、本件発明の明細書にはなんらその説明がされていないので、その意図するところ不明であるが、これは防振上無意味の表現と思われるし、そのような効果は一般的な防振ゴムでは期待できない。

要するに、本件発明は加圧防振を機関の両側に採用したことにあるものと認められ、したがつて引用例の装置の設計的変更物にすぎないものと断定せざるをえないのである。

3 なお、原告は「角加速度の最大値を一定にする」と述べているが、角加速度がある限り角速度は正負いずれかに増大するものであるから、振動の拡大こそ起れ、その防止は不可能である。原告はこの点誤解しているものといわなくてはならない。

第三証拠<省略>

理由

一、原告主張の特許出願について、原告主張の経過で拒絶査定がされ、これに対する不服の抗告審判(昭和三二年抗告審判第一四〇五号)についても昭和三六年三月四日に、その請求は成り立たない、との審決があり、その謄本が同月一八日原告に送達されたこと、および右審決の理由の要旨が原告の主張のとおりであることについては、当事者間に争がない。

二、原告は、まず、審決が、本願の明細書の記載の学術的価値を認めるとしても、発明としては引用特許明細書記載のものと同一構想に属するもので、単なる設計的相違を有するに過ぎない、としたことをもつて、論理に矛盾があり、したがつて事実誤認の違法がある、と主張する。しかし、発明の進歩性や新規性の問題とは別個にその内容となる思想の学術理論上の価値を考えることができることは当然であり、審決が本願明細書記載の学術的価値といつたことも、その意味でいつたものであることが明らかであつて、たとえ、特許出願にかかる発明についていわれたことであるにしても、必ずしも発明の新規性、進歩性等、その特許要件に関連するものと限定しなくてはならない理由はない。してみれば審決の右説示をもつて論理の矛盾であるとし、単にその点より審決に事実誤認の違法があるという原告の主張の採用することのできないことは、多言を要しないで明らかである。

三、そこで、進んで、本願発明が審決引用の特許第一一四二二六号明細書記載のものと同一構想に属し、設計的変更を有するに過ぎないものであるか否かについて考える。

(一)、成立に争のない甲第二号証(本件特許出願の訂正明細書)によれば、原告の本件出願の明細書中、特許請求の範囲の項には「内燃機関等の懸架装置において、その引張側に相当する装置の位置をブラケツト等を配置することにより共に加圧側の装置として働かしめ、機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたそのトルクの変動現象に対しても常に振動時の角加速度および振動数を振幅が変化する場合を除いて相対的に一定値ならしめることが可能であることを特徴とする内燃機関等の懸架装置の懸架方法」と記載されていることが明らかであり、したがつて、本願発明の要旨とするところも亦、そのとおりの内燃機関等の懸架装置の懸架方法にあると認定するのが相当である。

そして、右甲第二号証の明細書および図面に本件弁論の全趣旨を併せ考えるときは、本願発明の目的および作用効果は次の点に存することを認めることができる。

すなわち、従来使用されていたこの種の機関等の懸架装置においては、機関等が駆動した場合、その軸の両側における各懸架装置がそれぞれ引張側の装置および加圧側の装置として働き、そのために重心位置がきわめて不安定な状態に置かれることになり、また動揺を誘起することとなる欠点を具有していたところ、本件発明は、右のような従来のこの種の懸架装置の欠点を取り除くために、内燃機関等の懸架装置において、ブラケツト等を配置することによつて、従来の懸架装置においては引張側の懸架装置として働いていたものに相当するものを加圧側の懸架装置として働くように構成し、つまり機関の軸の両側の各懸架装置をともに加圧側の装置として働くように構成したものであり、したがつて、この構成によつて各懸架装置間の不均衡な状態を取り除き、機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたトルクの変動現象に対しても各懸架装置の振動時の角加速度および振動数を相対的に大略同一ならしめて、動揺誘起の原因を取り除くことを可能ならしめたものである。

(二)、一方、本件審決が本件特許出願を拒絶すべきことの理由に引用した特許第一一四二二六号明細書の記載事項をみるのに、成立に争のない甲第四号証が右明細書であるが、それには「往復動機関の取附装置」と題して、自動車等の機関の懸架装置に関する発明を開示されており、とくに同号証中第五頁第七行ないし第一〇行の記載とその第五図ないし第九図とをあわせみれば、右引用例に記載された装置は、「自動車の機関に応用した実施例において、可撓性連結片は第七図ないし第九図にその詳細構造を示すように(引用明細書の図面中、第三図ないし第九図、第二一図および第二二図は別紙に示すとおりである。)、護謨を施した織布または類似材料の帯状片(7)および(8)を車体(10)(第五図)に固定した腕(9)の間に横に張架したものよりなり、これらの帯状片は、その中央部において、機関の包匣と一体である腕(13)に固定された彎曲盤(12)および座金(14)とともに締針(11)をもつて緊結され、所望に応じ弾性板(15)を挿入して帯状片(7)(8)を補強することを得る」構成(以下構成(A)という。)を具有するものであることが明らかであり、また同号証中第五頁第一九行ないし第六頁第七行の記載とその第五図、第六図、第二一図および第二二図とをあわせみれば、右装置はさらに、「車台に関係的な機関の偏位を制限するためその前部に迫持装置を備え、この迫持装置は第二一図および第二二図にその詳細を示すように、一端において機関の包匣に固定され、他端において護謨のような柔軟な材料よりなる塊状片(26)を装置された金属板(25)の成層体と、車台の縦材(22)に固定された支腕(28)に装架された匣(27)とよりなり、前記塊状片(26)は匣(27)の側壁との間にある大きさの間隙を有するものとし、塊状片の周面はそれに対応する匣の内面と並行でなく、匣の内面は後方に拡開し、機関が偏位するときは最初に塊状片の先端部のみが匣の内面の(i)をもつて示す部分と接し、機関の偏位の増加に従つて次第に部分(j)と接触するに至るが、もとより常規の運転においては周期的回転力の作用の下に機関が振動しても塊状片(26)は匣(27)と接するに至らないものとし、この迫持装置はまた第二二図の紙面に垂直な軸の周りの角的偏位を制限するにも役立ち、すなわちこのような偏位が過度に増大すれば、塊状片(26)は匣(27)内において楔止されるに至る」構成(以下構成(B)という。)をも具有するものであることを認めることができる。

そして、右甲第四号証中の「図面の略解」の項の記載によれば、右明細書中の第五図および第六図はそれぞれ第三図および第四図に相当する詳細図であり、また第二一図および第二二図はそれぞれ第五図および第六図に示す取附装置における前部迫持部片の詳細図であることが認められるので、同号証中の第五頁第三行ないし第六行に記載された「第三図および第四図に示す迫持部片」は上記構成(B)における迫持装置に相当し、したがつて右「第三図および第四図に示す迫持部片」の指片(5)および環状部(6)はそれぞれ右構成(B)における迫持装置の塊状片(26)および匣(27)に相当するものと認むべきところ、一方同号証中の第五項第三行ないし第六行の記載によれば、右指片(5)および環状部(6)よりなる迫持部片は、機関の常規の作用でない外部より働く力、例えば自動車が路上の障碍物に乗り上げた場合等において生ずる機関の偏位を制限するために備えられたものであることが明らかであるから、上記構成(B)における塊状片(26)が機関の偏位を制限するために匣(27)内に接触する場合というのは、右のような「機関の常規の作用でない外部より働く力、例えば自動車が路上の障碍物に乗り上げた場合等」を指すものと解さなくてはならない。

なお、上記甲第四号証の特許第一一四二二六号明細書が本件特許出願前国内に頒布された刊行物であることは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し、明白なところである。

(三)、本件審決が、引用明細書の第5図、第9図、第(21)図において機関の左端部は弾性体(15)が設けられて台の下方向に対して弾性的に支持され、また右端部は弾性体(26)によつて台の上方向に対して弾性的に支持される構成がある以上、本願明細書の記載は右引用例と発明としては同一構想に属する、と判断したことについては、当事者間に争がない。

そこで、前(一)(二)項において認定したところにもとづいて本件発明(以下前者という。)と審決における引用例(以下後者という。)とを対比してみると、両者は「内燃機関等の懸架装置の懸架方法」として一致し、また後者における構成(A)が審決のいうように、「機関の左端部が弾性体(15)によつて台の下方向に対して支持されている」構成を具有しているとすることは、一応不当ではない。

しかし、後者の構成(B)における塊状片(26)は、機関の偏位を制限するために匣(27)に接触し、あるいは楔止されるに至るものであるとしても、右のように塊状片(26)が匣(27)内に接触し、あるいは楔止されるに至る場合とは、機関の常規の作用でない外方より働く力、例えば自動車等が路上の障碍物に乗り上げた場合等、あるいは軸の周りの角的偏位が過度に増大した場合を指すものであり、もとより常規の運転において周期的回転力の作用の下に機関が振動しても右塊状片(26)は匣(27)に接するに至らないものであることは、前記認定に徴して明らかであるから、後者における構成(B)が、審決の理由にあるように、「機関の右端部が弾性体(26)によつて台の上方向に対して弾性的に支持されている構成」を具有しているとすること、あるいは右構成(B)が被告主張のように、前者の加圧側の装置に相当する構成を具有しているとすることは、いずれも妥当でなく、ひいては、後者における上記構成(A)および(B)が前者において機関の軸の両側に設けられた各懸架装置に相当するものとすることも、妥当ではない。

したがつて、後者が前者の要旨中の「内燃機関等の懸架装置において、その引張側に相当する装置の位置をプラケツト等を配置することにより共に加圧側の装置として働かしめ、機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたそのトルクの変動現象に対しても振動時の角加速度等を相対的に大略一定値ならしめることが可能である」ものに相当しないことは明らかである。そして、右の特徴こそは前者の重要点と認められるので、後者は「内燃機関等の懸架装置の懸架方法」である点で前者と一致するとはいえ、前者の重要点である前記特徴を欠く点において相違していることに帰するから、前者をもつて後者と発明として同一構想に属するもので、単なる設計的相違を有するに過ぎないものとすることは、とうていできない。

四(一)、被告は、本願発明は引用例の装置と構想同一で設計的変更物であるに過ぎないばかりでなく、本発明のように防振ゴムを軸周の振動に対して軸の両側において加圧防振とすることについては、すでに著名なる「ナイトハルトばね」の先例がある旨主張するが、本願発明と引用例との比較については、すでに前に判断したとおりであり、また「ナイトハルトばね」については、本件審決理由中になんら触れられていないところである。しかるに、本件審決は、本願発明はその出願前国内に頒布されていた甲第四号証の特許明細書に容易に実施することを得べき程度に記載されているので、旧特許法第四条第二号により出願を拒絶すべきものとしたものであることは、前記審決の記載自体に徴して明白であるから、右審決の判断が違法であるかどうかを審理判断する本件訴訟において、右審決の判断の基礎となつていない前記「ナイトハルトばね」に関する事実を主張することは許されないといわなくてはならない。

(二)、被告は、さらに、原告が本願発明の特徴であると主張する「機関の駆動に際しても常に重心状態を安定位置に保ち、かつまたそのトルクの変動現象に対しても振動時の角加速度を一定値ならしめることが可能である」とは、単に防振ゴムの作用効果を示すものに過ぎず、とくに「角加速度を一定値にする」とは、防振上無意味の表現と思われる、と反駁するが、本件特許請求の範囲の記載中、被告の指摘する前記の点は、一般的に防振ゴムの作用効果として期待されるところを超えて、本件発明の特徴として特定されているものであることは、前に認定したとおりであり、かつ「角加速度を一定値ならしめる」との点は、本件発明の要旨である「各懸架装置間の不均衡な状態を取り除いて各懸架装置の振動時の角加速度等を相対的に大略一定値ならしめること」を指すものと解されるから、これをもつて被告主張のように、まつたく無意味な表現とすることができない。

(三)、被告は、原告の「角加速度の最大値を一定にする」と述べたことをとらえて、角加速度がある限り、振動の拡大こそ起れ、その防止は不可能である、と主張するが、原告のいわんとするところは、「各懸架装置の振動時の角加速度等を相対的に大略一定値ならしめる」にあることは、前段認定に徴して明白であるから、それが振動の拡大を意味するものでないことも亦明らかである。

要するに、被告のこれらの主張はいずれも採用するに由ないものというべきである。

五、本件審決が、本願発明は前記引用例と発明として同一構想に属し、設計的相違を有するに過ぎないものとの理由のもとに、その特許出願を拒絶すべきものと認めたことは、理由不備の違法があるものであつて、とうてい取消をまぬがれない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

特許第一一四二二六号明細書中「図面ノ略解」および図面の各一部

図面ノ略解

(前略)第三図ハ本発明装置ニヨリ取附ケラレタル機関ノ概略図ナリ第四図ハ其端面図ナリ第五図ハ第三図ニ相当スル詳細側面図ナリ第六図ハ其端面図ナリ第七図ハ連結片ノ拡大平面部ナリ第八図ハ其背面図ニシテ第九図ノ(VIII)―(VIII)線ニ於ケル断面図ナリ第九図ハ第八図ノ(IX)―(IX)線ニ於ケル断面図ナリ(中略)第二十一図ハ第五図及第六図ニ示ス取附装置ニ於ケル前部迫持部片ノ縦断面図ナリ第二十二図ハ第二十一図ノ(XXII―XXII)線ニ於ケル断面図ナリ(後略)

第三図<省略>

第四図<省略>

第五図<省略>

第六図<省略>

第七図<省略>

第八図<省略>

第九図<省略>

第二十一図<省略>

第二十二図<省略>

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